あるお客様から「友達が鬱状態になってしまい、いつなんどきでも構わなければ自傷行為をされてしまう」というお話を聞いて他人事とは思えず、ここに思いを記しておきます。
正直、心の病というのは我々一般人が想像できない領域です。私自身、昔それで痛い目を見ました。心の病を抱えた友人・恋人・家族との付き合い方を考えてみます。
私ヤグナの苦い過去
私も原因不明の病に侵され、心を病んでしまった家族がいました。長いような短いような闘病生活で、3年くらいかな?いろんな病院を点々としながら、病因を特定するに至らず、医者からは可能性がある病名を無数にあげられて…家族共々途方に暮れていました。
本人はもう一生治らないんじゃないか、ということを口にするようになり、毎日のように「死にたい」と口にするようになりました。私たち家族も最初のうちは「大丈夫?」と心配していましたが、その話をすると必ず「もう死にたい」と涙を流しながら言われるため、それが辛くてなるべく明るい話題をと病気の話をしないようにしていました。
ある日、私は両親が喧嘩をしているところを目撃します。病を抱えているのは母親でしたが、父親に向かって怒鳴っているようです。少し遠くから聞いていましたがある言葉だけが鮮明に聞こえてきます。
「あなたに愛情がないから子供たちが冷たいんだ!」
私の中でなにかが弾けました。自分たちがどう言われようがどうでもよかったのですが、仕事をしながら昼夜問わず母親が辛いときは駆けつけて介抱していた父親に対して「愛情がない」ということだけはどうしても許せなかった。
「毎日支えてもらいながら、愛情がないってなに様だよ!あんたがいつもいつも後ろ向きな話ばっかするから病気の話題を避けてきたんだろ?少しでも前向きになろうと思ったの?自分のこと棚に上げてよくそんなこと言えるよな!」
中学時代以来、久しぶりにブチ切れました。そして、翌々日母親は自ら命を絶ち、ヤグナは一生消えることのない十字架を背負うことになりましたとさ。
なにがいけなかったのか?
私が言い放った言葉が心の病を抱えた人にダメなことくらい百も承知です。その当時だってそのくらいのことは頭に入ってはいました。でも、言ってしまった。
ようは私は「我慢し続けていた」のです。我慢し続ける、つまり自分を抑え続けるのには必ず限界が訪れます。限界がきたとき、堰を切ったように感情が爆発してしまいました。だからいつもの自分なら言わないようなことを言ってしまった。
そのとき、私はもっと自分を大切にしているべきだったんだと学びました。それが心を病んでいる人のためにもなるんだと。他人が大変なときこそ、私は自分を大切にする。常に冷静に対応できる余裕を残しておかなきゃ、自分を制御できなくなってしまうことがあるんだなと。
参考になるサイト
ブログ記事「心の病を抱えている人への接し方」に書かれていることが、とても的を射た内容になっていると思います。
私がピックアップしたいのは、一線の距離を保って接すべきというところ。専門に仕事で心の病を扱っている人はそれが仕事だから割り切れますが、そうじゃない場合は自分の人生を削って相手をしなきゃいけない。これが想像を絶する苦痛になります。その人を本当に助けたいなら、入れ込みすぎないこと。
人を助けるって自分が余裕を持ってないとできないことなんですよね。
おわりに
もし、記事の内容にお気を悪くされた方がおりましたら、お詫び申し上げます。本記事の内容は私自身の経験に基づいた個人的な見解であり戒めです。その点をご理解いただき、あくまで1個人の考え方として受け入れていただければ幸いです。今現在、苦しまれている方の参考になる点が一つでもあればうれしい限りです。
まったりと自分のペースで生きる
仕事、友達、勉強、恋人、家族、ダイエット…人生のすべての悩みを解決するためには、「振り回されない自分」を作る必要があります。
私ヤグナは振り回されない自分を作り「まったり・マイペース・余裕(=ままよ)」を持って生きる方法を研究するままよカフェをやっています。
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